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2011年4月28日 (木)

キャンディーズ

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自宅前の歩道沿いに植えたチューリップtulip
もうそろそろ終わりですが、今春は寒さがぶり返した日も多く長く咲いていました。
今日は初夏のように陽射しが強くて暑く、昨夜の嵐が嘘のよう…。

チューリップが咲くころ、
「もうすぐ春ですね~notes
なんていつも楽しく口ずさんでいたけれど…
スーちゃんが旅立ってしまい、歌うと涙が出そうです。

私は1960年代に生まれて、
子供時代を過ごした昭和40年代の日本は、「もっと頑張れ!もっともっと」という感じで、大人たちが張り切っていて活気ある時代だったように思う。

当時の日本人は=親切で正直で優しい
というイメージ通り。
財布がなくなっても必ず持ち主に戻っていたし、人にぶつかれば「すみません」とお互いが謝ったものでした。
物質的豊かさは今の方が格段上だけど、心は今よりもずっと豊かだった時代。
いい時代に子供時代を過ごせたなあ、と思う。

テレビは白黒からカラーへ。
写真も白黒からカラーに。
家庭電話も各家庭に普及していって、
世の中がより良く目に見えて変わっていく中、
歌謡曲といえば、
大人も子供も皆が口ずさめるシンプルな歌が多かった。
キャンディーズは、かわいくてちょっぴりセクシーで、歌もお芝居もできて、いつも明るくて大好きだった。

お化け番組と言われるほど、国民の誰もが見ていた土曜日の
「8時だよ!全員集合」
に、いつもキャンディーズが出ていて、
歌はもちろんだけど、ドリフターズとのコントが楽しみでした。

ちょっとお下品な場面もあったりで、見ちゃダメ!という家庭もありましたが、
でも大抵の家庭では見ていたのでは?
我が家では家族揃ってみてましたhappy01
今のお笑いの下品さとは違って、これ以上はNGというボーダーがきちんとあったように思います。
だからこそ、お化け番組になったのでしょうね。

志村けんは今でこそ大物芸能人だけど、当時はまだドリフターズの付き人で、途中からメンバーに加わったので、ペーペーという感じの扱いでした。
いつ頃から大物と呼ばれるようになったんだろう?
荒井注もいかりや長介も旅立ってしまって、昭和は遠くなるばかり…

キャンディーズにはいっぱいヒット曲があるけれど、私は「哀愁のシンフォニー」という歌が好きでした。
「女優・田中好子」というよりは、やっぱりキャンディーズのスーちゃん。
スーちゃんがアイドルだったころ私は小学生だったのだけど、一緒に同じ時代を過ごせて良かったなあ、と思います。

天国で義妹の夏目雅子さんといっぱい語り合っているのでしょうね…。
スーちゃん、たくさんの楽しい思い出をありがとう!!
ご冥福をお祈りいたします。


昭和20年代、ゼロからスタートした日本。
30年代を経て、40年代に大きく変化していった日本。
戦後、焼け野原から再起した日本の底力を、今こそもう一度。
被災地にも、鮮やかな緑と花々と、笑顔が取り戻せる日がきっと来ると信じています。

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コメント

スーちゃんの急逝、驚きました。
とくにファンということでなくてもとてもショックをうけ、悲しかったという人はまわりにも多くて、幅広い人気を今さらながら感じます。
スーちゃんのご実家は千住の田中釣具店というところだったのです。そんなこともあって、なんだかとても親しみを感じていました。
全員集合は毎週欠かさず見ていましたし、キャンディーズのメドレーは完璧に歌えます。大好きでした。

ふりしぼるような最後の肉声も心にしみました。
ほんとに、元気で良き時代の象徴だったような気がします。
チューリップ、きれいね。
青空に洗濯物を干しながらキャンディーズの歌、涙うかべて歌っていたいと思います。

投稿: つぼみ | 2011年4月29日 (金) 08時52分

本当に驚きましたね…
スーちゃんはいつも明るくて元気なイメージだったから、病と闘っているなんて考えもしなかったです。
千住の方だったのですね。
ルシュクル生徒さんで、同じ高校の後輩の方がいます。
最後のメッセージは本当に心に染みました。
涙なしでは聞けませんでした。
冥福を祈りつつ、これからもキャンディーズの歌を口ずさみたいと思います。

投稿: つぼみさんへ | 2011年4月30日 (土) 22時32分

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